スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2015 BEST DISC

【ALBUM/SINGLE】
hunee.jpgpaypal.jpgcarre.jpgdryen.jpgryutist.png
luke.jpgdomi.jpgarice2.png vince.jpg3776.jpg
keita.jpgremi.jpgconfo.jpg hosi.jpgfsa2015.jpg
HUNEE『Hunch Music』(Rush Hour)
DJ PAYPAL『Sold Out』(Brainfeeder)

CARRE『Grey Scale』(MGMD)
Dr.YEN LO『Days With Dr.Yen Lo』(Pavlov Institute)
RYUTist「Winter Merry Go Round」(柳都アーティストファーム)
LUKE VIBERT『Bizarster』(Planet Mu/Meltingbot)  
DOMENIQUE DUMONT『Comme Ça』(Antinote)
キッチンアイドルありす『World Kitchen』(春民レーベル)
VINCE STAPLES『Summertime '06』(Def Jam)
3776『3776を聴かない理由があるとすれば』(Natural Make)
KEITA SANO「Keita Sano」(Discos Capablanca)
レミ街『フ ェ ネ ス テ ィ カ』(Thanks Giving)
CONFORCE『Presentism』 (Delsin)
星野みちる『You Love Me』(High Contrast)
FLYING SAUCER ATTACK『Instrumentals 2015』(Domino)


【RE- ISSUE/COMPILATION】
ibm.jpggigi.jpgnaoshima.jpgsuburba.jpgtribo.jpg
I.B.M.『From The Land of Rape and Honey 〜The Suppressed Tapes〜1995-2005』(Interdimensional Transmissions)
GIGI MASIN『Wind』(The Bear On The Moon)
V.A.『直島ミュージック作品集』(リクロ舎)
SUBURBAN LAWNS『Suburban Lawns』(Futurismo)
TRIBO MASSÁHI『Estrelando Embaixador』(Goma Gringa Discos/Disk Union)

続きを読む

スポンサーサイト

Best Long-Play 2013(((Side-B)))

10:A$ap Rocky『Long.Live.ASAP』(Polo Grounds Music/ソニー)
前にも書いたが、俺にとってのヒップホップとはラップのフロウとビートで頭がガンガン振れるものというのが基準なんですよ。小難しい事はさておいてという感じ。バッキバキでしょう、これ。ニューヨーク出身にもかかわらず、南部ヒューストンのスリー6マフィアの背骨を抜いたかのようなサウス系トラックの連打。ゆえに苦手なスクリレックスが参加した曲もすんなり聞けたりするのだろう。特に素晴らしいのがフレンドゾーンが提供した「Fasshon Killa」だろう。フッワフワでトロットロなチルアウト・トラックに、クサの甘ったるい口臭さえ感じられるロッキーのラップ。発売時期が昨年末だったので泣く泣くランキングから外したウィズ・カリファのアルバム(傑作!)と共に抗えない一枚。

09:RP Boo『Legacy』(Planet-Mu/メルティングボット)
 「この世にはジュークとヒップホップさえありゃあ、それでいいのではないか」と妄言を吐きたくなるぐらい、ここらへんのアルバムはハズレが無かった。というわけで、同じシカゴのDJラシャド、EQ・ホワイ、K・ロッケのアルバムなども最高だったが、本作のリード・トラック「Speaker R-4」の最小限の音数で作られたミニマルなグルーヴ感がPV共々素晴らしくこれを選んだ。そして、さらに言えば3曲目の「Red Hot」でライク・ア・ティムの「Sonic Boom」をサンプリングしてる所にもグッときた。ロッテルダム出身でシカゴ・ハウスや初期のデトロイト・テクノ、そしてウルトラ・マグネティック・MCズなどのミドル・スクール系ヒップホップに影響されたという彼の曲をサンプリングしてると言う事は、とどのつまり「ハウスとヒップホップ」なジュークのルーツともリンクするのではないかと思ったり……。

10asaprocky.jpg9rpboo.jpg

08: Drake『Nothing Was The Same』(Cash Money/ワーナー)
「ハードコア・パンクのライブでしょっぱなにドラマーがジャーンとシンバルを叩く、その瞬間が一番素晴らしい」と言ったのが、昔の山塚アイだったか、まだUGマンのヴォーカルだった頃の河南ユージかは忘れたが、僕にとってドレイクの新作はまさにそういうものである。再生ボタンを押すとフェイドインしてくるピッチを落とし逆回転させたボイス・サンプルのループ(ネタはホイットニー・ヒューストンの「I Have Nothing」)。そこにドラムループが足され、ドレイクはラップする。日本盤の対訳では要約するとこんな感じ→「俺の前作のアルバムは2千万枚売っちゃったよ、すげえだろ」。単なる自慢話じゃねえか! でも、このうえなく美しい。正直、その「前作」の方がいいかなと思う所もあるが、それでもこの「瞬間」だけですべてを持って行かれる。

07:Stagnation『Live Terronoize』(Strong Mind Japan)

もう10年近く前の話だが、アブラハム・クロスのフライヤーに「Radio Boy≒Disorder」と書かれていた事がある。レディオ・ボーイはハーバートによるメッセージ性の強いサンプリング・ミニマル・ハウス。ディスオーダーは言わずと知れたイギリスのハードコア・パンクの先駆的バンドのひとつだ。ヴォーカルのソウジロウにその意味を訊いたが、笑って答えてくれなかった。もし、その無言の笑顔の向こうを無自覚に体現する者が、このスタグネーションだとしたら? と今にして考えている。本作は2012~13年のライブから2編収録したものだが、ここで追求されているのはドレイクの項でふれたハードコア・パンクの刹那的な瞬間性ではない。むしろ、彼らは曲間を開けない事によって、現代音楽的に複数の曲を一つの組曲として成立させていたイギリスのハードコア・バンド、アンチ・セクトを介して、無自覚的にカンやノイ!、PILのように各パートがフレーズを延々と反復させることによって起こる何かを求めているのではないかと思っている。また、「ファズ」としてメンバーに名を連ねているのが、かつてDJとハードコア・バンドが共演するイベントに、アブラハムやストラグル・フォー・プライドらと共によく出ていたデコンストラクションにいたノザキだったというのも驚きだった(どうも2008年ぐらいには既に参加していたらしい)。それゆえか、彼らが主催する企画<Violent Party>で初めて生の音を体験した時、ハードコア~クラスト・パンクの文脈にあるものだが、同時に(あえて「今さら」ながら)ハウス/テクノ以降のダンス・ミュージックとも交差するのではないかと思ったぐらいだ。彼らの盟友的バンドの一つであるイステリスモの『Follia Verso L'Interno』とともに、そういう風に曲解したい一枚。

8drake.jpg7stag.jpg

06:Earl Sweatshirt/Doris(Tan Cressida)
オッド・フューチャーがブレイクするなか、素行問題で大学教授の母親にサモアの更生施設に入れられていたという彼の真の魅力を感じたのは、ミックステープ『Earl』ではなかった。むしろ復帰してから。それがマック・ミラーのセカンド『Watching Movies With The Sound Off』で、アールがプロデュースした1曲目の「The Star Room」だった。ネタはわからないが、サイケデリック・ロックをカットしてループしてリバースしたりスクリューさせたような、というかそれ以外の何物でもないトラック。そこに僕は狂気を感じたのである。本作はその狂気をふんだんに堪能させてくれるものだ。あらかじめ決められたように精度が狂ったループを重ねただけというトラック、バランスを失ったミキシングはかつてのスペクターやセンセーショナルみたいなワードサウンドの作品を思い起こされる。だが、ここにかぎかっこ付きの前衛もILLもない。それは単純にそのトラックに当てはめただけのような意味がないリリックも含め兄貴分のタイラー・ザ・クリエイターが生み出すものと共通する、ただただチープさが生み出す粗暴な音像だけが耳に残る。アルバムの出来として考えたら、マック・ミラーの方がいいと思うのだが、ここはあえて「だけ」しか追求できない様なアールの本作を選んだ。

05:Shifted/Under A Single Banner(Bed Of Nails)
ミニマル~インダストリアルの動きが面白いのは、従来のシカゴやデトロイトといったテクノの文脈だけではなく、ノイズやドローンといったアヴァンギャルドとされている文脈がごっちゃになり始めてる事だろう。このシフテッドはそのひとつの象徴と言えるかもしれない。前作はUKテクノのベテラン、ルーク・スレイター主宰のモート・エヴォルヴァーからで、本作はプルリエント~ヴァチカン・シャドウほかのドミニク・フェルナウが、ホスピタル・プロダクションとはまた別に設立したテクノ(?)レーベル、ベッド・オブ・ネイルズ。またアレキサンダー・ルイス名義ではブラッケスト・ブラック・エヴァーからインダスノイズドローンなアルバムを……という感じで、それほど派手な動きではないが、前述の文脈が交錯した点にいる人なのだった。単に動向だけではなく、本作の内容も素晴らしい。キックとハイハットとストレンジな電子音とそのくぐもった質感だけで全編押し切って行く様なミニマル・テクノなのだが、もう飽きましたとばかりにブチっと切れて曲が終わると、また違うシーケンスの反復が始まるといった具合。特に7~8曲目の「Contact 0」からアンビエント風の「Story Of Aurea」への切り替わりは何度聴いてもハッとする。

6earls.jpg5shifted.jpg

04:星野みちる『星がみちる』(ハイ・コントラスト) 
プロデューサーであり作曲編曲家のリチャード・アンソニー・ヒューストンの覆面ユニット、ラー・バンドが放ったヒット曲「Clouds Across The Moon」。そのヒットから10年後の95年8月、電気グルーヴの砂原良徳が自身の初のソロ・アルバムでカヴァーし、クボタタケシが
が作詞、そしてクボタと藤原ヒロシが共同で作曲と編曲を手掛けた、Yuki from O.P.D(当時、大阪パフォーマンス・ドールの武内由紀子のソロ名義)の「夢のWeekend」では大々的にサンプリングされている。もちろん、制作時期や当時の人脈図からみるに、その被りは偶然なのだろう。前者のセンスはトラットリアから、ライナーノーツに砂原、常盤響、小山田圭吾の対談を掲載されたベスト盤が発売され、その文脈でキッチリと消費された。では、アイドルの楽曲と言う事もあってか、さほど話題にならなかった(少なくとも後年まで僕は全く知らなかった)後者のセンスとは一体どこに落とし込まれたのか?  元AKB48の星野みちるをDJのはせはじむ、マイクロスターの佐藤清喜が共同プロデュースした本作こそ、その10数年越しの答えだったのだ──なんてのは言い過ぎだろうか。それはともかく、まさにクラウズ・アクロス・ザ・ムーン歌謡としか言いようがない「私はシェディー」~「オレンジ色」、そして同曲のダブ・マスターXによるダブ・ミックス。そして覆面ユニット、アボジー&ベリジー(正体は戸川純と三宅裕司)の名曲「真空キッス」のカヴァーという3~6曲目の流れが本当に素晴らしい。

03.Danny Brown『Old』(Fool's Gold/ディスクユニオン)
唇の端からヨダレが垂れてそうなダラけたルックス。そして、ラリラリで何を言ってるんだかわからないラップのフロウ。なによりリード曲は「ODB」。そもそも地元デトロイトでハウスDJをやっていたという父親から、ウータン・クランを教えてもらったというのがラッパーになるキッカケということからか、故オル・ダーティー・バスタードの後継は自分であることを強く打ち出したダニー・ブラウンの本作は、UKの「IQが低そうなマッドリブ」ことポール・ホワイト(今、手前勝手に名付けたので真偽は知らない)を中心にしたトラック・メイカー達が繰り出す、ブーンバップはもちろん、サウスやトラップ、果てはグライムまで取り入れたたものの消化不良のまんま排泄した様なトラックに、前述のラリラリなラップでビートの隙間を踏みまくった文字通りのウルトラデカShit。

4hoshino.jpg
3dannyb.jpg

02:KOBerrieS♪/流星☆トランジスタ(Kobe-Pop Culture Project)
アイドルとは大人がお膳立てするものである。よねざわやすゆきや古白川誠らが作る情景がすぐに浮かぶような言葉とこことここのコードを抑えとければ絶対だと確信したような作詞・作曲。それをちょうど良い感じのパワーポップ、ハウス、メタル、歌謡ディスコ風にアレンジメントする土井淳。しかし、彼らの仕事はあくまでここまで。なにより重要なのは主役である女の子たちのアイドルらしい清涼感のあるヴォーカルだ。インディーのアイドルには珍しいしっかりとしたミックスとマスタリング。そしてメンバーの住吉郁恵のイラストを配置したアートワークもこの音楽とコンセプト・アルバムとしての完成度を高めている。本作は神戸のローカル・アイドル、コウベリーズのファースト・アルバム。この上なく優れた3分間基準の軽音楽。

01:Kanye West/Yeezus(Def Jam) 
DJのカット・ケミストがヒップホップ視点で、フランスのポスト・パンク〜ノイズ・インダストリアル・バンドであるヴォックス・ポップとパシフィック231を編纂したコンピ『Funk Off』を個人的に2013年の最重要盤の一つだと思っているが、カニエの本作も「超人気コンシャス・ラッパー待望の新作!」というより、そのヒップホップとアヴァンギャルド(主にコラージュと言う方法論を用いた現代音楽や電子音楽を含めた総称として)のつながりとして、捉えた方が正しいのではないかと思う。ラップ/ヒップホップ・ミュージックの名の下、アシッド・ハウス、EDM、ソウル、ディスコ他が融合することなく単なる断片として提示されているような作りだからだ。ちなみにカニエの近作『808's & Heartbreak』や『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』は自身が主宰するグッド・ミュージック所属のキッド・カディのアルバム『Man on the Moon』シリーズを下敷きにしてる節があり、本作のインダストリアルでウィッチハウスな錆び沈んだ音響は、一足先に出たカディの『Indicud』(これも良いアルバム)に似ているが、カニエと制作のリック・ルービンはさらに踏み込んでしまった。トラックメイカーであるダフト・パンクもハドソン・モホークもノーIDも88キーズも誰も自分の作ってるものがどうなるかなんて分かってないまま出来上がってた気がする。無色透明のアートワークから想起したということもあるが、これはファウストのファースト・アルバムから強い影響を受けたのではないだろうか。ゲーテ(もしくは手塚治虫)の『ファウスト』と言えば、平たく言ってしまえば、神との賭けから悪魔が一人の人間を誘惑・翻弄していく物語だが、それに無理矢理こじつければ、アルバム・タイトルがイエス・キリストとジーザスを掛け合わせた造語なのも単なる偶然ではないのかもしれない。LL・クール・Jが「I'm Bad」なら、カニエこそ「I'm God」でいいかしら? いいとも!!!(たぶん)

002kobe.jpg  1kanye.jpg

Best Long-Play 2013(((Side-A)))

20Rashad BeckerTraditional Music Of Notional Species Vol. I(Pan)
小杉武久がマイクに紙をかぶせグチャグチャと丸める。それにより巻き起こるノイズ。やがてステージの袖に戻った小杉がそのぐちゃっとした紙の塊を鑑賞している、という映像を見た事がある。ダブプレート&マスタリングのミックス/マスタリング/カッティング・エンジニアとして、ハウスやテクノを中心に多岐の音を手がけた(その初期には砂原良徳や石野卓球も)職人、ラシャド・ベッカーの処女作は、それらが内包するあらゆるグルーヴの層をグチャグチャにして泥団子よろしく捏ねられ固められただけのような塊。このレーベルらしい素晴らしいジャケのアートワーク、盤に至るまで隅々までなめまわすように鑑賞すべし。

19blue marble『フルカラー』(乙女音楽研究社)
実はこの人達についてあんまり良く知らないのだが、筒美京平やバート・バカラックのような職業音楽家たちが他の歌手に提供した商業音楽としての歌謡曲~ポップスと、それとは逆ベクトルのプログレッシブなチェンバー・ロックを軸とした前衛で雑多な音楽への敬意が溢れ出していて素晴らしい。ユニットの形態というか在り方としてはピチカート・ファイブを意識してると思われるが、本作でフィーチャーされたヴォーカル、武井麻里子の声とルックスを見る限り、野宮真貴ではなく、初代の佐々木麻美子かと思われる。


20rashad.jpg19bluemarble.jpg
 

18Anton ZapWater(Apollo)
17
Basic HouseOats(Alter)

とにかくミニマル、ってならいつの年だってそうなんだけど、今年はイアン・プーリーの6年ぶりのアルバム『What I Do』、もしくはホアン・アトキンスとモーリッツ・フォン・オズワルドの『Borderland』などのベテラン勢、そしてNYRVNGから出たマキシミリオン・デンバーの『House Of Woo』、 そしてこのアントン・ザップ。その4枚が逡巡していた。最高に気持ちいいものをその中から選びました。それを成熟と呼ぶなら、オパール・テープス主宰者、 ステフェン・ビショップのメインユニットの本作は、インダストリアル・ミュージック、ドローンという側面からそのテクノやハウスの持つグルーヴ感を徹底的 に劣化、腐蝕させていったもので、極めていびつなグルーヴ感が素晴らしかった。人間オギャーッと生まれたら、あと腐るだけ。このテのやつだとハクサン・ク ロークの『Excavatio
n』デムダイク・ステアの片割れ、MLZことマイルスのソロ作『Faint Hearted』。V/VM名義その他でエイフェックス・ツインを偶像化して皮肉ったり、ポールの偽者に成り済ましてミニマル・ダブをコケにしていたジェームス・カービーの変名、ザ・ストレンジャー『Watching Dead Empires In Decay』といった、モダーン・ラヴ勢も相変わらず良かったが、前者はともかく、後者までいくともはや腐れ外道である。

18basichouse.jpg17anton.jpg

16V.A. 『音のエスペランサ』(Hakanairo)
やけのはらと話していて、彼の新作アルバムのタイトル『Sunny New Life』が思い浮かばなかったのは、僕の脳みそのなかでそれがすべて文字面ではなく、ジャケットのアートワークと音に置き換えられたからだ(という言い訳)。在知、真美鳥ulithi empress yonaguni san、 リン・エリック、あみのめといった未知の人たちが参加し、各アーティスト制作のアートワークによるライナーも付属したオムニバスである本作もまたそういう ものだ。レコードに針を落とすとボンヤリと消え入りそうな音。やがてアームがあがり、僕は盤をひっくり返す。そしてまたボンヤリと……。本作は前述のやけ のはら、そしてインクやライといったRBの人たちのアルバムとともに個人的に心象だけに訴えるものだった。

15KAThe Night's Gambit(Iron Works)
90s
といってもビートの強度ではない。本作は単なる「黒っぽさ」だけではなく、ウワモノだけをちょんぎってひたすらループしたようなスティーブ・ライヒやジョン・ギブソンの様な室内楽ミニマル・ミュージックにも似た静謐感をも感じさせる。浜松のトラック・メイカー、ブラックCZAのブレンド集とともにイルでドープでけっこうけっこう8

16otono.jpg14ka.jpg

14
Fla$hBackSFL$8KS(FL$Nation & Cracks Brothers.Co.Ltd/Jazzy Sport) 

レビューを書いた後、キッド・フレシノのアルバムを聴いた。よかったのだが、やはりこちらを手に取る確率が多い。

13hanaliROCK MUSIC』(Terninal Explosion
人間はお 互いがお互いなんかを理解し得ない。六本木のスーパーデラックスでの豆柴響のゴルジェ・プレイで、フロアがザ・クラン プスの精神病院ライブのようなアナーコ状態になっていた光景でそんなふうに思った。ウィー・アー・ビーイング・ディファレント。ゴルジェとはかつての鹿コアを思わ せるベース・ミュージックのデッチアゲ的サブ・ジャンル。日本におけるその第一人者であり、もともとは即興音楽家だったハナリこと土岐拓未による本作は、そのデッチあげられた偽物が本 物とされる正当な文脈に食い込む瞬間をとらえている。

flashb.jpg13hanali.jpg

12BELLRING少女ハート『BedHead(クリムゾン印刷)
現在は7人 組として活動するベルリン少女ハ―ト、略してベルハー。その特異な楽曲群の形容詞がプロデューサーである田中紘治言うところの「サイケデリック」と「プロ グレッシブ」とするならば、それは単純にジャンルを指す言葉ではなく、阿鼻叫喚と混沌を指すのだろう。藤本卓也とアモン・デュールとオフマスク00の不吉な出会い。楽器・ヴォーカル問わず、すべてのチャンネルでしゃにむにエフェクトかけて歪ませたような奇怪な音像は、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの愛なき世界さえ思い起こさせる、ミキシングですべてを刺々しくしたポップ・ミュージック・記録ブツ。

11.Pusha TMy Name Is My Name(Def Jam)
兄のノー・マリスとのユニット、ザ・クリプスのプッシャ・Tがやっと出したソロ・ファースト・アルバム。カニエ・ウェストが制作に関わっている1曲目「King Push」と2曲目の「Numbers On the Boards」。とにかく、この冒頭2曲だけでオールOK。 クリプスの名盤セカンド『Hell Hath No Fury』で、ネプチューンズのファレルが作り上げたスッカスカな電子音とリズムの饗宴が今、またここに。個人的にはそこがたまらない。

12bellring.jpg  11pushat.jpg

BEST OF 2012 後半戦〜大体において、自分のセレクトは平凡、されど選んだ盤は非凡

10.Main Attrakionz『Bossalinis & Fooliyones』(Young One)
本作は確かに出世作『808s & Dark Grapes II』のようなパフュームをスクリューしてどうたらとかいう話題性はない。あるとしたらグッチ・メイン参加というぐらいか。なによりタダではない。最初に聴いたときは地味な印象だったが、Gファンクをフィルターに通してふわトロ化させたようなクラウディ・サウンドは持っていかれるし飽きなく聴ける。特別、凝ったことはしてないんだけど、シャブればシャブるほど味が出るアルバム。

09.Raime『Quarter Turns Over A Living Line』(Blackest Ever Black)
これも最初、良さがわからなかった。いや、スワンズとは違って、それなりに聴いた今でも本当に自分はこれを気に入ってるのだろうか、と疑問に思う。ブラック・メタルやヘヴィ・ドローンのマルチトラックから主要な音を抜き、オカズ的に入れた音だけで組み立てられたような感じ。なんなんだろう、これは? 音楽だと思う、一応。
mainattrakionz.jpg raime.jpg

08.Aiwabeatz Is Tymeslyce『Low Blend Theory』(Blend)
2012年12月30日現在、未だに手渡し流通の模様。@aiwasoundsystem

07.Dean Blunt & Inga Copeland『Black Is Beautiful』(Hyperdub/ビート)
シンセやサンプラー(もしくはラップトップかCDJ)から飛び出す奇矯で断絶されたような音。観てる者はポカーンとして突っ立ってるだけ。その中の10人くらいがモッシュしかねないぐらい叫び声をあげて狂っている。ハイパーダブ・ナイトでのハイプ・ウィリアムスのライブはこんな感じだった……って、嘘。知らない。行けなかったから。
aiwa.jpg hypew.jpg

06.Kendrick Lamar『Good Kid, M.A.A.D City』(Interscope)
このアルバムほど日本盤が出ないということが残念なアルバムはない。本作の評価の高さは確実にリリックの内容が伴ってあまりあるモノで、語学力がないであろう、僕も含めた大体の日本人には対訳が必要だと思うからだ。まあ、ここを見れば大体のリリックの内容はわかるが、コンセプシャルなストーリーテリングよりも、ドクター・ドレーが参加(制作ではなくラッパーとしてみたいだけど)していることもあってか、そのトラックメイクとミキシング、つまりはサウンド・デザインとしての完璧さに惹かれる。基本的に僕はショボかったり粗かったりするものに燃える性質だが、単にサンプルをループするのではなく、(たぶん)生演奏も織り交ぜることによって独特の厚みを加えている、本作のプロダクションはこれはこれで本当に素晴らしい。といっても、本作はオーディオ・マニアの為にあるのではない。やはり、これは低音でブリンブリンいわせてるような車のカーステで鳴らすべきウェッサイ・サウンドなのだ。まあ、僕は車はおろか免許もないためその確証はないのだが、なんとなくそう思う。

05.キエるマキュウ『Hakoniwa』(第三ノ忍者/P-ヴァイン)
実のところ言うと、マキュウはそんなにファンではなかった。しかし、10年ぶりに出された本作の素晴らしさったらない。成熟なんてぶっ飛ばせ!とばかりのザラついた質感の90年代ライクなトラックに、ねじが緩んで、というか飛んでどっかいってしまったようなリリックがたまらない。
kendirick.jpg kierumakyu.jpg

04.Andy Stott『Luxury Problems』(Modern Love)
前作の『Passed Me By+We Stay Together』が素晴らしかっただけに、最初に本作が女性ヴォーカル入りと知ったときは期待とともに不安がよぎった。しかし、それは余計なお世話だったようだ。ミニマル・ダブとR&Bという拡張著しすぎて全体像がボンヤリとしてるジャンルだからこそ、出会いべくして出会い、作られべくして作られた音なのではいだろうか。ブランディーとモーリッツ・ファン・オズワルド・トリオ(挙げていないがどちらもよかった)の新作の間にシレっと忍び込んだが如し。

03.Tomato n' Pine『PS4U』(ソニー)

昨日散開。次がないからこそ、より輝く。個人的には藤井隆、ボン・ボン・ブランコ、深田恭子、トミー・フェブラリーの1stと並ぶアイドル・ポップス珠玉の名盤。
andystott.jpg tomapailp.jpg

02.The Alchemist『Russian Roulette』(Decon)

ロシア音楽縛りでサンプリングしたからこそ、このタイトルとなったのであった。前衛やら現代やらのいかめしさや生真面目さではなく、バカバカしさとユーモアを拡大解釈したようなコラージュ・ポップ音楽。2枚組アナログまでついつい……。

01.Traxman『Da Mind Of Traxman』(Planet Mu/メルティングボット)

赤のトラックス・レコードのTシャツを着た男は目の前のラップトップの画面を見据えながら、いかにも909で作りました、というリズムとハイハットとベースラインだけのトラックをかけたかと思うと、ミキサーの縦フェイダーを断続的に上下させ、その音の切れ間に自分の名前をコールすることをフロアに何度も要求した。その度に応える客。男は満足げにニンマリとすると、フェイダーをあげて再びリズムトラックをフロアに流す。♪ドン、チー、ドン、チー。要はそれが基本。そこからはめくるめく素晴らしき世界が……。
 
alchemist.jpg
traxman.jpg


●OTHERS(EP/Reissue etc.)

■Lin Q「シアワセのエナジー/祭りの夜〜君を好きになった日〜」{T-パレット)
■Daphne Oram『The Oram Tapes, Vol. 1』(Young Americans)
■アップアップガールズ(仮)「アッパーカット!/夕立ち!スルー・ザ・レインボー」(アップフロント)
■クララ・サーカス『Klara Circus LIVE 1985-1991』(Pedal)
■CAN『The Lost Tapes』(Mute/ウルトラ・ヴァイブ)
■Love Apple『Love Apple』(Numero)
■奇形児「嫌悪」(ADK)
■Elbee Bad:The Prince Of Dance Music『True Story Of House Music』(Rush Hour/ディスク・ユニオン)
■バニラビーンズ「チョコミントフレーバータイム」(T-パレット)
■V.A.『Personal Space: Electronic Soul 1974-1984』(Chocolate Industries/Pヴァイン)
■ひめきゅんフルーツ缶「恋の微熱」(デューク)
■V.A.『Jerome Derradji Presents 122 BPM:The Birth Of House Music』(Still Music)


linqep.jpg oram.jpg upupgirls.jpg klala.jpg
can.jpg loveapple.jpg kikeiji.jpg elbee.jpg
vanibi.jpg personal.jpg himekyun.jpg 122bpm.jpg

BEST OF 2012 前半戦〜すべては悪い冗談

20.Shackleton『Music For The Quiet Hour/The Drawbar Organ Eps』(Woe To The Septic Heart)
昨年(2011年)の12月に初めてシャックルトンのライブを観た。ラップトップやミキサーなどの機材テーブルの前に身を縮込ませた彼は、低音が歪んだドローンノイズをかまし、そこにガムランのようなパーカッションを乗せたかと思いきや、駆け巡るサウンドエフェクトや沸き上がってくるかのようなベースラインとともに、四つ打ちからレイヴィーなハードコアブレイクビーツを乗せる。そのキックとハイハットは、彼がお気に入りに挙げるゴッドフレッシュのような鋼鉄/工業系のぶっとさに近かった記憶がある。2枚の12インチをコンパイルした、この限定2枚組ボックスCD(今、流通してるのは通常版)には、あの夜のグルーヴと同じものが詰められたかのよう。

19.OMSB  『Mr. "All Bad" Jordan』 (サミット)

「あの人はなに考えてるかわからない」という本作のエンジニアの方のボヤきを受けて、発売を楽しみにしてたのがこれ。ビートの打ち方もラップも狂ってる上に、変に前衛的にならずガシガシ首が振れるものでカッコイイ。特に7曲目の「Hulk」はどこかシンナーくさいサイデリック・カンパニー・フロウ。あと、イシュー(E-40の息子ということをインタビューで知った)がシレっと参加してるのもいい。
shackleton.jpgomsb.jpg

18.ハハノシキュウ『リップクリームを絶対になくさない方法』(君の嫌いな物語/帝国レコーズ)
沈黙を語る人『リップクリームを絶対に隠さない事に決めた』(フリーダウンロード

17.Ital『Dream On』(Planet Mu/メルティングボット)
レビューを書いたあと、プラネット・ミュー主宰のマイク・パラディナスは、自らのミュージック名義の1stアルバムで、カール・クレイグに謝辞を捧げていることを思い出した。
hahano.jpgitaldreamon.jpg 

16.Frank Ocean『Channel Orange』(Def Jam/ソニー)

オッド・フューチャーのDJ兼エンジニアのシド・ザ・キッドとマット・マーシャンズとのユニット、ジ・インターネットのアルバムもそうだったが、声と音一発で持っていかれる感じ。フランク・オーシャンを選んだのはただの気分、なんとなく。

15.Nas『Life Is Good』(Def Jam/ソニー)

ストリングスをフィーチャーしたイントロに続き、ヘヴィーなベースラインとリズムがこちらに迫りくる、ノーI.D.プロデュースの「Loco-Motive〜Feat. Large Professor」だけでウワーッとなり、先行曲の「The Don」のビートとラップと音響だけで失禁寸前となるようなアルバム。ちなみにタイトルは故エイミーワインハウスとの不倫の末、ケリスから三行半を突きつけられたナズ自身を顧みて付けられたらしいが、語感だけで言うならば、イルリメの「元気でやってるのかい?」へのアンサーだと思う。
frankocean.jpgnas.jpg

14.Swans『The Seer』(Young God)
本作限定盤に付属のライブDVDで、マイケル・ギラが
エエ年こいてステージ上を転げ回りながら絶叫するシーンがある。その姿はNYのノー・ウェイヴ・シーンのドキュメント『Kill Your Idols』に収められていたスワンズのライブで、ギラは半裸にマイク・スタンドをギリギリまで低くして猫背になり絶叫していたのと被る。常に姿勢は低く、地べたに近く。そしてギャーッと叫べ。

13.東京女子流『Limited Addiction』(エイベックス・トラックス)

イントロのギターのカッティングがピッチを早めてベースラインとリズムと一緒に上り詰めていく。これだけでもう素晴らしいと思った。
swans.jpg tokyojosi.jpg

12.Xinlisupreme『4 Bombs』(Virgin Babylon)

「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインと初期ジーザス&メリーチェインとスーサイドとメルツバウの出会い」も「初期クランプス以来、最高のロック・ミュージック」もすべて比喩。シンリシュープリーム本人と話したことあるから言えるかもしれないけど、なんでこんな音が出来てしまったのか未だにわからない。

11.Big Strick『Resivior Dogs』(7 Days Ent. )
デトロイトのオマーSの従兄弟であるビッグ・ストリックの2ndアルバム、と発売時は告知されていたが、実は自曲を中心にジェネレーション・ネクスト、レックレス・ロン(デトロイトのレジェンドらしい)の曲も織り込んだコンピ、という方が正しいらしい。それはともかく、特筆したいのはデリック・メイのレーベル、トランスマットとの相似点だ。といっても、最近出たコンピに収録されたような華のある楽曲ではなく、サバーバン・ナイト、K・アレクシ、フェイド・トゥ・ブラックといった連中が鳴らしていた病みとである。骨組みと最小限の旋律だけで全部押し切っていくようなハウス・ミュージックの正統派ストロング・スタイル。

xinli4bomb.jpg big stricks

rocmarci.jpg sunaraw.jpgitaltek.jpgdbh0003.jpg
gybe.jpgmom.jpgyoungsmoke.jpg distal.jpg
cuthand.jpgsilent.jpginternet.jpgdemdikeele.jpg
■Roc Marciano『Reloaded』(Decon)
■Sun Araw, M. Geddes Gengras Meet The Congos『FRKWYS Vol. 9: Icon Give Thank』(RVNG Intl./P-ヴァイン)
■Ital Tek『Nebula Dance』(Planet-Mu)
■DJ Freak『The 7th Generation』(Death By  Hardcore) *free album
■Godspeed You! Black Emperor『Allelujah! Don't Bend! Ascend!』(Constellation/P-ヴァイン)
■Mouse On Mars『Parastrophics』(Monkeytown/ディスクユニオン)
■Young Smoke『Space Probe』(Planet-Mu)
■Distal『Civilization』(Tectonic/P-ヴァイン)
■Cut Hands 『Black Mamba』(Very Friendly)
■Silent Servant『Negative Fascination』(Hospital Productions)
■The Internet『Purple Naked Ladies』(Odd Future)
■Demdike Stare『Elemenrtal』(Modern Love)


今にして思う、デムダイク・ステアが暗闇に向かって紡ぎ出す音とその響き

6月23日、渋谷WWWで行われたデムダイク・ステアのライブはただただ素晴らしいの一言に尽きた。ステージの真ん中に設置されたデスクの上には、2台のラップトップとミキサー、エフェクターなどの類いが並べられている。そこから出たボヤーっとした電子音はC級映画をカットアップした粒子の粗い映像とシンクロし、リズムを交えながら相乗効果を高めて行く。

特筆したいのは、前述した機材に一台のターンテーブルが加わっていた事だろう。一曲ごとにレコードを乗せ替えながらリアルタイムでミックス/エフェクトされる。ある意味ではDJミックスとライブの中間とも言えるスタイルだが、彼らにとってのターンテーブルは単なる再生機器ではなかったのでは、今にして思う。なぜなら、彼らはライブの佳境で盤をレコード針で引っ掻いて出した音にエフェクトをかけてフロアに響かせていたのだから。デムダイクは音を出す楽器として、それを用いていたのだ。

ところで、今年の2月に出たアルバム『Elemental』を聴いて思ったのは、もう、彼らは「音楽」というものを作る気がないのではないかということだった。それは相対的な非音楽としてのノイズ・ミュージックとも全く違う。ザ・ゲロゲリゲゲゲの山ノ内純太郎が「コップの割れる音や木が燃えた音にショックを受けた」と語るように、究めて原始的な音と響きそのものの魅力を紡ぎ出そうとしている気がしたのである。音響系というより、さらにその先を言った音響効果系。そもそもは前述したようなマニアックなC級映画の劇伴や効果音をサンプリングする事から音楽を始めたような人たちではあるので、それを指摘するのは今更な感じもあるのだが、とにかく僕にとっては、それを証明するようなライブだったのだ。

なお、終演後、ターンテーブルをいじっていたメンバーのショーン・キャンティが物販スペースにいたので、レコードは何をかけていたのか、下手な英語で訊いてみたところ、「ライブラリーのレコードだよ」とのことだった。やっぱり! いちいちハズさないよなあ……。

今回紹介するのはプロモか物販用に作ったとおぼしきライブ盤。ディスコグスではDJミックスとタグづけられてるけど、もはやどっちでもいい。あの電子音響とヴィジュアルはその場にいる者しかわからない秘儀のようなものだったのだから。


demlive.jpg 120623FURE.jpg
L:DEMDIKE STARE『15 Mai 2011 Live At The Golden Pudel Club』 (Pudel Produkte Pudel Produkte-14/Modern Love)
R:デムダイクが出演した〈FRUE 〜A Midsummer Night's Dream〜〉フライヤー

ムードマン&L?K?OのCAN YOU FEEL "BRING THE NOISE"

そもそも、彼らのインタビューなどによれば、最初のムードマンとL?K?Oのコンビネーションは、よくあるDJとMCという関係性から始まったという。しかし、スクラッチの心得があったL?K?OはMCだけにあきたらず、ターンテーブルにも手を伸ばし始め、やがて2人で4台のターンテーブルをプレイするDJスタイルにたどり着く。そして、水道管ディジェリドゥー、パーカッション、ハーレー、女性ボーカリスト、スネアドラム隊(?)、そして同業異種の大友良英[*1]をも巻き込んでいったのだった。

僕はゲームをやらないので、CMで観ただけの知識で言うんだけど、「塊魂」というゲームがあるじゃないですか。あれって転がり続けて、脈絡のないそこらへんにあるものを取り込んで、一つの塊にしていくという。テイストとしてはアレに近いような気がする。とにかく、ムードマンとL?K?OのDJプレイは、そのように、どんどんわけのわからない形へと拡張していくことになるのだった。


しかし、以前「暴力温泉芸者が解散した日」で書いたイベント〈フリー・フォーム・フリーク・アウト〉での2人のプレイは、そんな混沌とは全く無縁なシンプルなものだった。出番は丑三つ時ぐらいだったと思う。
2人の男がDJブースに立つ。4台のターンテーブル。ムードマンが今まで鳴らされたあらゆる音楽の残り香をかき消すかのように、当時『ミュージック・マガジン』の連載で取り上げ始めていた、ディープ・ハウスを淡々とミックスしていき、その脇でL?K?Oがスクラッチを被せていく。そこには、前述したボアダムスの前座や〈UNKNOWNMIX〉で見せたような「DJがレコードをプレイする」ということをギリギリまで拡張していくようなスリルはなかったと思う。ただし、L?K?Oがそのスクラッチのネタに選んだレコードが、パブリック・エナミーの「ブリング・ザ・ノイズ」だったことは、大きな意味を持っていると、この夜を思い出すたびに、ずっと思っていた。

僕が覚えている限り、L?K?Oはこの曲のアカペラしかコスらなかった。曲がオフビートのアンビエントになって、女性ボーカリストとパーカッション部隊(?)がブースの中にドタドタ入ってきて、セッションが始まっても、それには目もくれず、当時、よくやっていたように、タンテ台の上に飛び乗って、彼はそれをコスリ続けていた。
そして、たぶんの話。L?K?Oはターンテーブルに、この12インチEP、たった1枚しか乗せなかった。

もし、80年代のオリジナル・ハウスの精神が「キャン・ユー・フィール・イット」だとしたら、90年代の後半、僕がリアルタイムで体験したディープ・ハウスの精神性は、確実に「ブリング・ザ・ノイズ」にあったのだと思う。もちろん、そんな事実はどこにもないのだが、僕個人はそう思い続けている。特にディープ・ハウス・ムーブメントを牽引した代表格、デトロイトのムーディーマンことケニー・ジャクソン・Jr.の音楽は、まさしくそれに値するものである。

PEのチャックDは、ファースト・アルバム「Yo! Bum Rush Show』制作時に「卓のイコライザーを全開にかけて、それぞれのトラックの音量を最大にして、ただの騒音になるぐらいにまで歪ませて欲しい」とエンジニアに注文を付けたところ、「ここはプロフェッショナルな場所だから、そんなことは出来ないんですよ」と突っぱねられたという。

ご存知のようにハウスやテクノとはベッドルーム・ミュージック、つまり、個人が個人で完結することが可能な音楽である。そもそも、ヒップホップを作っていたということもあってか、ムーディーマンの音楽は、まるで、その時のチャックDの怨念が乗り移ったかのような音像を作り上げていた。


彼自身が、直接出向いて採取したであろう現実音。ラジオ、テレビからのコラージュ、生演奏、サンプル、ドラムマシン、その他いろいろ──それらの要素が歪まされたあげく、アンバランスにミキシングされる。それは時にはハウス・ミュージックでもなんでもなかった。なんというか、得体の知れない形をした塊だった。

それは彼と3チェアーズを組んでいた、セオ・パリッシュ、リック・ウィルハイトなどもそうであったし、そこまで極端な音作りをしてなくても、その一部として、シカゴのガイダンス、イギリスのニューフォニック、DIY20:20ヴィジョンといったレーベルの作品にも(もっとあったと思うが、パッと出てこない)、その感覚は確実に織り込まれていたと思う。


ここ日本では、1999年に宇川直宏が始めた〈GODFATHER〉で、高橋透とムードマンのハウス新旧世代が邂逅したのを引き金に、2000年代半ばには、前出の二人をはじめ、DJ 光、DJ NOBU、CMT、ユニヴァーサル・インディアンといったDJたちと、ストラグル・フォー・プライド、アブラハム・クロスといったハードコア・パンク・バンドが共演するような、今までの内外のハウス/クラブ・シーンの文脈で捉えれば、異常事態といえるようなイベントが増えていく。当時、そのフロアにいた観客たちが、それをどう思っていたかはわからない。でも、少なくとも、ムードマンのDJを(断続的にはあるが)追っかけていた[*2]、僕にとっては普通の感覚だった。だって、それは......。

音楽は、ノイズを束ねた以外の何ものでもないっていうのが信条だった。どんなものでもいい、ストリートの音でも、今こうして話してる会話でも、なんでも好きなものをまとめれば音楽ができる、それを信条としていた
。──ハンク・ショックリー(ボム・スクワッド[*3]

そのムーブメントは、2004年12月29日、六本木スパイラルで行われた〈SUN〉というイベントを経て、2005年10月15日、君津アクアマリンスタジオで行われた〈RAW LIFE〉で頂点に達する。と同時に、それを機に互いの音はどちらともなく離れていくこととなる。
その夜、L?K?Oがターンテーブルに乗せた、たった1枚のレコード。それが後に起こるアンダーグラウンド騒乱の引き金となった──と書いてしまっては、偽史的妄想に過ぎるだろうか。

moodman_lko961229.jpg
96年12月29日、新宿リキッドルームで行われた
〈フ リー・フォーム・フリーク・アウト〉より(PIX BY 筆者)。
【補足】
[*1] 僕が知る限り、大友良英とは、ムードマン&L?K?Oとして、〈MURDER HOUSE〉(
96年12月26日@恵比寿みるく)。ムードマン単独で、〈FEEL SO NICE!〉(98年1月10日@渋谷サイクロン。L?K?OがレジデントDJだった)でセッションしている。筆者はいずれも未見。

[*2] L?K?Oは、00年代初めぐらいに、当時はトミーと呼ばれていた男(現・HARLEY&QUINのLAS VEGAS)らが携わっていた、一連のイベントなどで再び良く見るようになる。まだ、ラップトップを導入して間もない頃だったと思う。イベントにはジョセフ・ナッシングやコーマ、大阪からシロー・ザ・グッドマンらが出演。ROMZ RECORDS設立のキッカケとなった。

[*3] デヴィッド・トゥープ・著/佐々木直子・訳『音の海』(水声社)より。

(チビ声で)ムードマン&L?K?O(コスる)の低音実験道場

以前書いた、池袋ベッドでのこと。トイレに入って、小便器の前でチャックを下ろして、位置を決めて、まさに放とうとしたとき、スピーカーからの低音でトイレの戸が一斉に震えたのだ。振動を体験したとき、そのとき、ムードマンとL?K?Oがまだ組んでDJをしていた頃に受けた、ある低音波状攻撃を思い出したのだった。

時は1997年2月21日の新宿リキッドルームで行われたイベント〈UNKNOWNMIX〉にまで遡る。以前書いた〈フリー・フォーム・フリークアウト〉(FFF)がデス渋谷系としたら、その異音同義的な「音響系」[*1]の精鋭を集めた、このイベントでムードマン&L?K?Oはある実験を仕掛けようとしていた。フロアの左側に設置されたDJブースには、その場にそぐわない大型バイクが鎮座していたからだ。といっても、彼らがDJプレイの一要素にバイクを持ち込んだのは、これが始めてではない。

unknownmix.jpgmoodman_bore.jpg

96年11月23日、明大生田校舎でのボアダムスの前座をやった時も、数台のターンテーブル、水道管で作られたディジェリドゥーとパーカッションと共に、それはステージ左手にどーんと鎮座していた。それぞれが所定の位置に付き、ターンテーブルからノイジーな電子音とスクラッチが飛び出すや否や、客の2、3人がステージに上がり、そのまんま人の渦へと飛び込んでいく。そのプレイが佳境に入ると、L?K?Oはターンテーブルを載せている台に乗り、マイクを持ち客を煽る。その瞬間、台が崩れターンテーブルから悲鳴のような音がする。興奮した客の一人が、3mぐらいあるスピーカーの上によじ上り、そこからダイヴする。そして終了間際、L?K?Oはバイクに飛び乗り、思いっきりエンジンを吹かすのだった。それらの音が止むと、客が腕を突き上げながら「ムードマン、ムードマン!!」。その中に二十歳過ぎの僕もいたのだった。


それにしても、なぜ、バイクなのか? それは彼らが当時、マイアミ・ベースにハマっていたからだ。ベースといえばローライダー。ローライダーと言えば、カスタム・カーとハーレー・ダビッドソン。前者は確実に会場への搬入が無理なので、後者になったと思うのだが、僕はバイクに疎いため、彼らが持ち込んだバイクが、ハーレーだったかどうかはよくわからないが、現物の写真を見る限り、たぶんそうだと思う。あと、彼らの視点が独自だったのは、マイアミ・ベースをローライダーのサウンドトラックとしてではなく、音響系の一種として捉えていたことだ。



ムードマンは、本名の木村年秀名義で『ミュージック・マガジン』での96年の年間ベストテンでの「音響系」という括りで、ボリスの『Abusolute Ego』、ディスクローズの「Visions Of War」[*2]、ホイ・ヴードゥーの『ファスト・ビデオ』をセレクトしている。「音響という切り口でチェックすれば、枠を外した音楽の聴き方は可能です」とし、その個人的なサンプルとして、マイアミ・ベースとクラスト・コアを挙げ、「物事を突き詰めて行く過程で産み落とされた音楽なので、音響的にもかなり独自な視点に着地している。本気で凄い」と賞賛している。

当初のオルタナティブへの視点から、今やラップトップでプチプチいわせてる奴らの総称へと成り下がった、このタームだが、そのA級戦犯(と僕は思っている)の佐々木敦も、この頃は「音響系」に同じものを見ていたと思う。そもそもの〈アンノウンミックス〉という言葉自体がそういう感覚を示していた。

ムードマンとL?K?Oが明大でやったことは即興の一要素としてのバイクだったが、この夜、二人は本気でマイアミ・ベースの音響をその象徴をメインに添えることによって、極端なまでに突き詰めようとしたのだ!

と、 大見得を切ってみたものの、当日、僕も彼らが何をかけていたかなどの詳細は申し訳なくなるぐらい覚えていない。ただ、覚えているのは、L?K?Oがバイク のキーを入れ、バイクをふかし、そのエンジン音をマイクで拾った時、スピーカーからドンドドドンという音の波に合わせて、低音で床が揺れたことだ。それは まるでフロア自体がカスタムカーのようにホッピングしてるみたいだった。断続的に二人はそのエンジン音をミックスする。その度に文字通りフロアはブンブン と揺れる。




それに併せて、フロアには排気ガスとバイクから漏れたとおぼしきガソリンの匂いが充満する。たぶん気分が悪くなった人もいたのではないだろうか。そんな「ハナタラシ、ガソリン流出GIG@都立家政スーパーロフト」みたいなインパクトのせいか、他のアクトは全然覚えていない。ヘアスタとかククナッケ、DOT、空手サイコなんか出てたっけ? かすかに記憶があるのは、ダブ・ソニック、ホイ・ヴードゥー、ホノルル・チューチュー・ピンク、身長2mぐらいだ。今、この世にいない人もいるから、印象が強いだけなのかもしれないが。



ところで、ヒューゴ・スッカレリが発明した「ホロフォニクス」というのをご存知だろうか? 僕もあまり詳しくはないが、バイノーラル録音を応用(そのまんまという意見もある)した立体音響の技術である。ズッカレリは第三者にライセンスを与えなかったために、それを最初に取り入れたサイキックTVを始め、マイケル・ジャクソン、ピンク・フロイド、ポール・マッカートニーらが独自の方法で、それと同じ効果を自分たちで作り上げたそうだが[*3]、この夜、ムードマンとL?K?Oがやったことも、図らずもそうだったのではないか。

もちろん、この夜のリキッドルームでの彼らの行いが、ホロフォニクスと同じだったという意味ではない。自分でも書きながら、少々大げさかなとも思う。でも、あれは僕が聴いたなかで、最もバーストした音響だったことは間違いないし、むしろ、ステレオ・ヘッドフォンで聞いてこそ、最も効果を発揮するというホロフォニクスよりも、彼らがアプローチした立体音響の方が、もっとダイレクトにフロアにいた人の脳と体を刺激し、それはこうして記憶として刻まれたのである。

TEIONFUHAI.jpg

これ以降、二人はクラブ・ジャマイカでの〈低音不敗〉という、マイアミ・ベースを基本にあらゆる低音を鳴らすパーティー(残念ながら行ったことなし)や、日本発のベース・コンピ『KILLED BY BASS』などで、低音に対する追求はさらに深く行われるが、DJとしてはお互いソロとしての活動がメインとなっていく。僕の記憶では、宇川直宏が主催したQバート&Dスタイルズの来日公演の際、DJクワイエットストーム、DJ ARIとセッションしたのが最後だったのではないだろうか。

それ以降はムードマンはハウスDJとして、L?K?OはバトルDJとして、それぞれ別の道を行くことになる。まあ、元のサヤに納まったという方が適切かもしれないが、ジャンルこそ違え「フロアに音をどう聴かせるか、感じさせるか?」という点において、二人はまだ、あの時の音響実験と同じ衝動を保ち続けていると思うのだ。


【補足】
[*1] そもそも、この言葉はパリ・ペキン~ロス・アプソンの店員だった軍馬修(故人)が言い出したものだったらしい。彼の人となりについては、中原昌也『12枚のアルバム』(boid)での虹釜太郎との対談に詳しい。

[*2] この7インチEPかどうかはわからないが、当時、L?K?Oはこの高知のクラスト・コア・バンドのレコードをスクラッチのネタとして使っていたという。

[*3] 日本でも開局当初のJ-WAVEがその技術を導入し普及させようとしていた。仕掛人はオカルティストとしても名高い八幡書店社長の武田崇元とその盟友だったメディア学者の武邑光裕。この件でズッカレリとの間でトラブルが起こっているのだが、その内幕を書いている雑誌が埋もれて見つからないので、その顛末はそれが見つかり次第更新。ちなみに同時期、武邑は芝浦ゴールドのプロデュースに携わり、イベント〈エコナイト〉を主催。前出のサイキックTVのジェネシス・P・オーリッジやリディア・ランチを招聘していた。

俺はこう考える、じゃあ、お前はどうなんだ

僕は、ステージの上でマスターベーションをするっていう、日本のノイズ・アーティスト、ゲロゲリゲゲゲの発想がずっと好きだったんだ。人がステージの上でマスターベーションをしているのを見るとすごく興奮しているっていうわけではもちろんないけど、その挑発性には抵抗しがたい魅力がある。───ジョン・ピール[*1]

山ノ内純太郎がザ・ゲロゲリゲゲゲの名を通してやったひとつが、その音でもって他者を挑発することだった。
『パンクの鬼』の66曲目「Kill The Baby」と75曲目「脳」の冒頭で、山ノ内とおぼしき人物が「お前ら、聴いてるだけの能無し野郎だな!」と叫ぶのは、そういうことである。前述した川崎でのアシッド・ハウス・ギグで「お前ら、盛り上がってんのかよ!」と絶叫し、コール&レスポンスを強要することも、またそういうことである。



ただ、僕が思うに山ノ内はあくまで音楽を作るコンポーザーであり、音楽を演るプレイヤーもしくはパフォーマーではなかったのではないだろうか。たぶん一人では何も出来なかった。いや、なにもというより、自分の理想とは遥か遠いことしか出来なかった。批判でもなんでもない。それは丸腰の黛敏郎に「まゆずみィ~、ちょっと『涅槃』やってみろよォ~」とカラんだところで、何も出来ないのと同じことである。つまりはその譜面を再現出来る能力のある、指揮者とオーケストラがあって奏でられるものだからだ。

山ノ内がまずライブという場で必要としたのは、自らが脳内で書いた譜面を忠実に演奏してくれるオーケストラだった。そのためにデビューライブの際には、GRIMやLSDの亜危異を呼び寄せ、やがて、ラモーンズの擬似家族制に則って、自らを含め全員がGEROの名のつくメンバーによるバンドを組織した。
しかし、山ノ内にとって、最も根源的なオーケストレーションはゲロ30歳だったと思う。きっと、彼の頭の中ではコードとリズム以外の、もっと原始的な音が鳴っていた。それは彼がショックを受けたという「コップの割れる音や木が燃えた音」を自分流に再構築したものといえるのかもしれない。
それを山ノ内は演奏能力もへったくれもない、ノン・ミュージシャンという呼称さえ過分な男、ゲロ30歳に託したのだ。なぜならば、彼の性癖であり、アイデンティティでもある露出症とは、他者がいてこそ性的な快楽へとつながっていくもの。山ノ内の音楽もまた、他者がいることが前提として成立するものだからだ。

gerodrum001.png  
And how is the audience reaction to Your concerts?
"Most of the audience are stunned by shock or put into making big noise..."


ゲロゲリゲゲゲがライブでやろうとしたことは、単なる嫌がらせでもないし、「俺たちって変態だろ、すごいだろ」というようなパフォーマンスでもない。まあ、その変態性に託したものはあるのだが、最終的な落としどころはあくまで音楽だった。
山ノ内は学友の大槻ケンヂに「自分が気持ちいいことをやるだけ」と再三言っていたという。それは山ノ内、ゲロ30歳他のメンバーにより大音量で奏でられ、差し出された。俺はこう考える、じゃあ、お前はどうなんだ? ゆえにゲロゲリゲゲゲはその場に居合わせた者を挑発したのだ。

楽しんでくれてもいい。笑ってくれてもいい。泣いてくれてもいい。嫌悪してくれてもいい。侮蔑してくれてもいい。なんでもいい。これはもう既に犯罪行為なんだ。好む好まざるは関係なく、この場にいたというだけでお前ら全員共犯だ。平岡正明が言わずとも、あらゆる犯罪は革命的なんだ。もし、俺たちがやってることがそれならば、今、ここで起きていることにある。いや、そんなショッパイことなんてどうでもいい。お前たちがどう思おうと、俺たちはすげえ気持ちいいぜ。どうだ、本当のところどうなんだ? わかるだろ? 感じて欲しいんだよ、こいつを......。

まさしく山ノ内のフェイバリットDee-Jay、笑福亭鶴光言うところの「エエか、エエか、エエのんか~」。送り手と受け手の感情がひとつになるのではなく、混沌としたまま会場中を渦巻き、それがさらなる高みに達した時、山ノ内は叫ぶ。

「Rock'n' Roooooooolll!!!!!」


大槻ケンヂは山ノ内(文中ではNとなっている)との思い出を綴ったエッセイ[*2] に「怪獣使いと青年」というタイトルを付けている。これは『帰ってきたウルトラマン』の「怪獣使いと少年」という題名をモジったもの。細かい部分は割愛するが、宇宙人とされ、一般市民から差別といじめを受ける少年と、宇宙から地球に漂着し、河原のボロ小屋で息をひそめるように老人に擬態して、その少年と暮らすメイツ星人の話だ。

ultra.png
 
ザ・ゲロゲリゲゲゲがやったことは「自分たちの音楽を相手に伝える」という点においては普通のことである。しかし、それをリアルタイムの場で突き詰めれば詰めるほど、その一般性からは遠くかけ離れていった。大槻はその少年と老人がこの世界に生きていこうとすればするほど、普通の生活とつながらなくなる孤独と同じものを、山ノ内とゲロ30歳に見たのではないだろうか。それは単なる語呂合わせだったかもしれないけど、僕はそう信じる。

【補足】
[*1] トニー ヘリントン編・著、 バルーチャ ハシム+飯嶋 貴子・訳『めかくしジュークボックス—32人の音楽家たちへのリスニング・テスト』(工作舎)より。ジョン・ピールはBBCラジオ1のDJで、メジャー・マイナー問わず、自分の価値判断だけで、あらゆる音楽をプレイした偉大な男。2004年10月26日逝去。

[*2] 大槻ケンヂ『我が名は青春のエッセイドラゴン!』(角川文庫)所収。大槻は吉田豪『バンドライフ』でも、山ノ内のことを語っている。ただし、ライブの部分は記憶違いも多そう。

暴力温泉芸者が解散した日

友人がメールでゲロゲリの文章読んでいたときに、中原昌也を感じてしょうがなかったというようなことを送ってくれたが、かくいう僕も文章を書いていたとき、どうしても浮かぶのは中原昌也というか暴力温泉芸者の存在だった。

実際、山ノ内と中原は一時期師弟関係に近かったようで、インタビューでは、(多少言いよどみながらも)師としてゲロ山内の名を挙げているし、中原はゲロゲリのライブにも一度メンバーとしてステージに立ったそう。また『パンクの鬼』の帯には、山ノ内のレーベル、ビサビの新作として、暴力温泉芸者の『わがままなおふくろ』という新作LPの発売が告知されている(結局、出なかったようだが)。何よりも前回に取り上げたセンズリ・レイヴ・アクションにも、宇川直宏とともに嬌声をあげていたという。音楽的にもゲロゲリと暴力温泉はパロディと諧謔という部分で共通していると思う。

話は飛ぶが、僕が初めて観たライブは暴力温泉芸者なのである。といっても、それ目当てに行ったのではなく、特殊漫画家・根本敬がプロデュースした<ガロ脱特殊歌謡祭'92>[*1]というイベントがあって、そのオープニング・アクトが彼らだったのだ。中原のソロ・プロジェクトにもかかわらず、どうして「彼ら」と書いたかというと、ちゃんとしたバンド編成だったから、そういうノイズ・バンドなのだと、しばらく思ってたのだった。
次に観たのは、それから4年後。その頃にはヘア・スタイリスティックスとしても活動を始めていて、その名義でのライブ[*2]。マイクを持ってコール&レスポンスを要求する中原の傍らには、砂原良徳がアナログ・シンセをいじりまくっていたのだが、一番印象的なのは、その次に観たヘアスタのライブだった。

96年12月29日、新宿リキッドルーム。山ノ内とは大学の同級生で、暴力温泉芸者のライブ・メンバーでもあった小林弘幸が主催する<フリー・フォーム・フリーク・アウト>(以下FFF)、深夜3時過ぎだったと思うが、中原がバックのメンバーとともにステージに現れ、機材が積んであるテーブルの前に立つと、おもむろにマイクを取って、ぶっきらぼうにこう言った。
「暴力温泉芸者は解散しました。全部、東芝が悪い!」
苦笑ともつかない数人の笑い声。それをかき消すようにギャーーーという不協和音がフロアをこだましたのだった。

説明しておくと、東芝というのは、当時、暴力温泉芸者で契約していたポルスプエストの親会社である東芝EMIのこと。今から考えれば、この中原の一言でデス渋谷系は終わったというか、終わらせたのだと思う。
そもそも「デス渋谷系」を提唱したのは小林だったし、この回のFFFはその成果として、出演者はすべてシークレット[*3]という賭けに出たものだったが、集客は多く見積もっても、1000人キャパの会場に2~300人ぐらいしかいなかったのではないか。
その後、小林は当時連載していた『バアフ・アウト!』で、自己批判とも弁護ともつかない、とっちらかった文章を書いていたと記憶する。

というか、デス渋谷系ってなんなんだっただろうね。そもそも、どれだけの人が知ってるのだろう?
このブログは友人か知り合いしか読んでないと思うので、みんな知ってるという体で、筆をすすめさせてもらうが、ロマン優光ことディアコアマスター・トクに言わせると「デス渋谷系って、鹿コアが盛り上がってるのを見て、小林君がイケると思ってやったもんなんだよね」とのことだが、まあ基本はパロディというか遊びみたいなもんで、渋谷系のオルタナティブ・ロック版というか、アヴァン・ポップからポップスへの逆襲的なそういう感じだったのだろう。
そこで象徴に選ばれたのが、小林にして「TG(スロッビング・グリッスル)とサルソウル系ディスコを並列に捉えるポップな男」という、中原昌也だった。

でも、中原は最初はそれに乗ったけど、すぐに嫌気がさして、あちこちで自身が語ってたり書いたりしていたようにポルスプエストと軋轢が生じ決裂する。要するに原因はポップとポップスの違いにあるのだと思う。
前者は概念であり芸術なんだけど、後者は芸能そのものだ。芸能というのはそもそもキワモノ的な側面がある。レコード会社と小林(その動きにどれぐらいまで関与したかは別として)はポップをポップスにしようと思ったけど、中原は芸術であることは良しとしたが、芸能は拒否したということになるだろう。
そういう意味でも、小林のイベントで中原が暴力温泉芸者の解散を宣言したことは、象徴的な出来事とも言える。

そう考えてみると、デス渋谷系を代表するアルバムって、コーネリアスの『69/96』と、スチャダラパーのリミックス盤『サイクル・ヒッツ』だったのだと思う。前者はオルタナ的な音楽性と永井豪の「デビルマン」とヘヴィ・メタルの意匠を借りた、前作と逆ベクトルのものとして。後者はDJプレミア、ピート・ロック、NO IDという正統派ヒップホップのトラックメーカーに、コーネリアス、バッファロー・ドーターや暴力温泉芸者を絡ませたリミキサーのセレクト(正統派側なのに、結果的にオルタナ側にブレてしまうイリシット・ツボイって、しかし......)において。そして、この2組はポップとポップスの境界線をうまくすり抜けてきた人たちでもある。結局、デス渋谷系はアンダーグラウンド側の諧謔というより、文字通り、渋谷系と呼ばれていた人たちの反動に絡めとられたような気がする。

あと、<RAW LIFE>的なもののルーツとして、よくここらへんを取り上げる時、FFFがデカく扱われるが、それもどうなのって気がする。確かに小林の功績は大きいとは思うが、ライターとして前出の『バアフ・アウト!』をはじめ、『米国音楽』や『エレ・キング』といった当時の主要インディー系音楽誌で連載を持ったり、リクルートがバックアップしていた頃のミュージック・マインの社員だった彼は、他の人よりも業界的なものを利用出来る立場にあったわけで、その派手な動きだけに集約してしまうのは問題がある。

僕個人としても、時期的なものもあるが、FFFにはこの一回しか行ったことなくて、むしろ<PARANO EAR>という、前身の<異形の王国>を含めるとかなりの長寿になるイベントや、FFFのスタッフだった飯島ツトム主催の<MURDER HOUSE>などの方が、個人的には思い入れが大きい。それらについては、いつかここで書くとは思うので、次の機会に譲るとするが、別に僕は小林を批判してるわけではない。


あの頃は単なるアメリカン・オルタナの輸入とはまた違う、日本独自の流れがあるんですよ。それはメジャーの金余りで成立していた側面もあるし、それに関わった人たちの考え方の違いで、ひとつの形としては結実しなかったかもしれない。でも、とにかく様々な流れがあって、小林も含め各々が自分のやり方でそれを模索していたのは事実なのだ。それを踏まえたうえで言うのならいいんだろうけど、そういう基本さえ知ろうともしない奴が、偉そうにさもわかったようなことぬかすなよ、という話。

僕は小林のやってることには好感を持ってたし、当時は単なるお客さん(今もあんま変わらないけど)だったので面識はなかったが、数年前に人づてで紹介されて知り合って、会えば挨拶をして二言三言しゃべるようになり、酔っぱらった彼からおっぱいを揉まれるというセクハラを受けたことがあるぐらいの関係にはなった(どういう関係だ?)。最近は全然会ってないけど。
ちなみに酔って僕に同じことをした奴が、すごく身近にいて、トクとかいう人。つまり90年代前半の暴力温泉芸者のライブメンバーの同期2人。「暴力温泉に汚されたこの体、どうしてくれんのよ」っていう意味では、強く批判したいとは思う。


まあ、バカ話はさておいて「ゼロ年代の音楽」が早くも総括されようとしているなか、なんで90年代の話を書いてんだって、自分でも思います。ホントはヘアスタのライブ盤のレビューをするつもりが、いつものごとく、脱線して文字数がかさんでしまったので、次回に続く、ということで。

hairsta96
その日のヘアスタ。バックは永田一直、蓮実重臣、湯浅学らが参加...してたはず(pix.by筆者)

【補足】
[*1] 92年11月15日、渋谷クラブクアトロ。出演はつめ隊(身体障害者レスラー・マグナム浪貝のパンク・バンド)、ハイテクノロジー・スーサイド、川西杏、佐野史郎、大博士、王選手(元人生)など。『ひさご』として青林堂よりビデオ化。


[*2] 宇川直宏とロス・アプソン主催の<DESTROY SCRATCHER>(96年5月2日、新宿リキッドルーム)。共演はアレック・エンパイア、石野卓球、メルツバウ、アナーキ−7、ムードマン&L?K?O、メタリックKOほか

[*3] ヘアスタの他にギターウルフ、ムードマン&L?K?O、XOX、嶺川貴子、DMBQ、宮原秀一&大野由美子、CICITOW、MOOCHYらが出演。
プロフィール

RECORDer

Author:RECORDer
PRE//SILENTNOISE主宰者。
RECORDer編集長。
ひとりE.A.R.(永遠に丁稚)

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

Twitter...A

PrecordeAr < > Reload

リンク
RSSフィード
Category Bar Graph
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最近のコメント
最近のトラックバック
ブログ内検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。