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2009 best music 002

相対性理論『ハイファイ新書』
soutaisei
(みらい)

「これをホメるということは、リーダーの真部脩一の戦略にのせられてるようなような気がする」というようなことが書かれた、本作のレビューを何かの雑誌で読んだが、これに限らず相対性理論のことを、褒めるにしろ貶すにしろ、ことさら戦略とか作為的とか、サブカルだの、ネットだの、やたら絡めてどうたらこうたらとか書く人がいるけどわけだが、そういうものを読むたび、「別にそんな大したモンでもねえだろ」と思うのだ。

もちろん、最初はバンドとしてのアー写を出していたのに、話題になると引っ込めたり(やくしまるえつこが顔出ししたのは、あくまでソロとしてだろう)、インタビューというか登場する雑誌も作為的な気もするが、少なくともライブではレジデンツみたいに目玉のハリボテを被るわけでもなし、昔のエイフェックス・ツインみたいに、自分の顔をやたらアイコンとして使ってるくせに、わざわざ客から見えないところでDJやライブをやるわけでもなく、普通にステージで演奏しているわけで(といっても、ライブ未見で伝聞でしかないけど)。もし、戦略的に匿名性を打ち出すのならば、最初からもっとうまくやるでしょう。

僕にとって、相対性理論とは湯気である。
湯 気とは、根本敬がパーティーで杉作J太郎と二人で梅宮辰夫の話をしたあと、飯でも喰おうと鍋のふたを開けたら、湯気がブアっと出ただけで、何の具も入って なかった。杉作がそれを見て、根本に 「梅宮って人は、この鍋みたいなもんだと思うんです。みんなを呼んで『さあさあ、どうぞ』と豪快に鍋をふるまうんだけど、ふたを開けても、湯気しか出なく て中身が全くないんです」と言った、というエピソードがもととなった概念だ。

ボーカルの子の声が良くて、詞と曲が良くて、アレンジが良くて、という素晴らしい歌謡曲でありポップスであり、そういう意味ではすごく普遍的なもので、僕が相対性理論を好きなのはその部分だ。

ク リスチャン・マークレイとか山下洋輔ト リオとかフェイバリットにあげるような趣味があったり、ライブでもイルリメ、灰野敬二、ヒゲの未亡人、ヘア・スタイリスティックスみたいな人たちとも対バ ンはするんだけど、自分たちの外側に存在していて、音楽性やスタンスには影響も反映もされていないと思う。
湯気はブアっと立ち上るんだけど、中身は何もなく、その湯気さえもすぐに気化されて消えていく、そんな音楽。

別 に中身なんて何もなくていいはずなの に、それに耐えきれない連中が冒頭に触れたような過剰なレトリックを具として勝手に詰めていってるだけなのだと思う。このバンドをことさら否定する人たち は、湯気そのものよりも、具に対してガーガー言ってるのではないだろうか。ふとそう思った。
僕がこうして書いている文章でさえ、その具のひとつでしかないのだけれど。


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