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その男、一生ゲロゲリゲゲゲにつき

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1917年、マルセル・デュシャンは、ニューヨーク・アンデパンダン展に「泉」という作品を出品しました。それは買ってきた男子用の小便器に「R.MUTT 1917」と、架空の人物の名と製作年をデュシャンがサインしただけのものでした。彼は持ち前の反抗心から、レディ・メイド(既製品)に少し手を加えるだけで、芸術に仕立て上げたのでした。

 
1985年、山ノ内純太郎は、自分自身、またはその仲間たちと作った音楽すべてに「ザ・ゲロゲリゲゲゲ」という名称を付けることとしました(*1)。ゲロとゲリは便器と密接に関係しているから……かどうかは知りません。本人そ知るのみです。

1913年、デュシャンは音符を書いたカードを無作為に選んで並べ「音楽的誤植」という音楽作品にしました。それはジョン・ケージの「4分33秒」に影響を与え、そこからミュージック・コンクレートという手法を経て電子音楽になり、ロックやジャズなど、様々なジャンルをグルグルとマワされたうえ、ノイズ・ミュージックという、ひとつのジャンルになりました。コップの割れる音や木が燃えた音という非音楽に一番ショックを受けたという山ノ内が、それを影響源とするのは当然の話でした。

それもあってか、現在、ゲロゲリゲゲゲ=ノイズ、ということになってます。確かに1stカセットはメルツバウの秋田昌美のレーベル、ZSFプロダクトからのリリース。デビュー・ライブ(*2)には、GRIMのメンバーが参加していたように、その始まりはノイズの文脈に忠実なものでしたが、MB、NON、P16.D4、カム、ラムレーといった、そのテの人たちはもちろん、久保田早紀、オノ・ヨーコ、フランソワーズ・アルディ、ドゥルッティ・コラム、ラモーンズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ワルテル・マルケッティをもフェイバリットに挙げる、山ノ内の精神分裂……いや、統合失調的なセンスを反映させるかのように、その後出された数十枚の音盤に刻み付けられているのは、ノイズだけではなく、パンク・ロック、ハードコア・パンク、グラインド・コア、現代音楽、ポスト・クラシカル、アンビエント、ドローン、フリー・ジャズほか多数の要素が散りばめられた、真の意味でオルタナティブなものでした。

それは「ノイズに影響を受けてるからといって、それをそのままやる必然性はない」という、山ノ内の反抗心であると同時に、ノイズをジャンルではなく、あくまで手法と捉え、各ジャンルの文脈を横断しパロディにしてみせたのだと思います。
山ノ内は気づいていました。この世の音楽はすべてレディ・メイドであり、その再生産でしかない、という事実のひとつにです。デュシャンがモナ・リザの複製画の絵はがきにヒゲを描き加え、「L.H.O.O.Q」という作品に仕立てたように、山ノ内もまたその名の下に、既存の音楽に後付けで自分なりのイタズラ描きをすることにしたのでした。

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endless+humiliation.jpg
L:『パンクの鬼(TOKYO ANAL DYNAMITE)』(VIS A VIS/1990)
R:
『Endless Humiliation』 (JAPAN OVERSEAS/1994)

山ノ内はラモーンズに倣って、メンバーの芸名すべてに「ゲロ」をつけていましたが(本人はゲロ山内)、「ワン・ツー・スリー・フォー、ロックンロール!」というルーティンにも、また意識的でした。そのフォーマット上での最良の作品が、代表作ともいえる『パンクの鬼』でしょう。その場で思いついたような曲名を絶叫→カウント→平均30秒程度の演奏を75回繰り返す、まるで33回転のラモーンズのレコードを78回転で再生したような感じです。

山ノ内のピアノ・ソロと新宿のホームレスの意味不明な語りが交錯する『Endless Humiliation』は、ギャヴィン・ブライヤーズの『イエスの血は決して私を見捨てたことはない』。
サイケデリックなジャズ・ファンクをそのまんま引用し、そこにSMの調教風景をミックス。さらに東郷健の政見放送やオカマのおしゃべりに電子音とサックスを被せた『Hotel Ultra』は、クール・ハークとホワイトハウスへのオマージュ(*3)。そういう観点でいえば、江ノ島海岸で燃やされたソノシートに収録の「愛人」は、テレサ・テンの同曲にハーシュ・ノイズとエフェクトで変調させたのもその範疇かと。
『None Friendly』のインナーにある「No Synthesyzers Used」とは、言わずとも知れたルー・リードの『Metal Machine Music』のそれ。

hotelultra
none moreshit
L→R:
『Hotel Ultra』(首つりTAPE/1994),   『None Friendly』(MINK/1999), 『More Shit EP』(BABY HUEY)

LS
Dの「憎悪戦争」と「LSD」を何の衒いもなく直球でカヴァーした『More Shit EP』なるシングルなんてのもあります。ちなみに山ノ内と大学で同級生だった大槻ケンヂは、彼から正統派ロックを完コピしたデモテープをもらったと言っています。
それだけならまだしも、「古川緑波」という曲は、戦前に活躍した同名のコメディアンのしゃべりを27秒ほど抜いただけ。未聴ですが『笑福亭鶴光のオールナイト・ニッポン』をそのまま引用した曲もあるようです。ここまでくると音楽でさえない。出オチもいいところ。

でも、それでいいのです。音が鳴り、それが途切れたら曲が出来たということなのです。自分が何らかの形で関わったすべてがゲロゲリの音楽になる、そういうことなのだと思います。

その信条は音源制作だけではなく、ライブ・パフォーマンスにも反映されました。山ノ内が会員制のSMクラブで従業員として働いていたときに知り合った、露出狂の布団屋の主人にゲロ30歳と名付け(*4)、ステージ上でマスターベーションやSMプレイをさせました。でも、それは初期の非常階段が展開した「プロレス的かつスキャンダラスなパフォーマンス」とは違い、山ノ内がインタビューでも語っているように「あくまで音のマテリアルを生み出すことの一環」という意味合いが強かったようです。これについては、そのサンプルとなるようなアルバムが出ていますので、その機会に譲ります。


ちなみにこの映像は、1989年に発売した『DEMO』というビデオ・マガジンの創刊号に収録されていたもの。1988年12月3日、OZでのライブと思われる

また、ゲロゲリといえば、かつてアナーキーが「♪な~にが日本の象徴だ/なんにもしねえでふざけんな」と唄った、かつて日本で神様であった方の写真を、そのままジャケットに使った『昭和』というアルバムが有名です。1988年というリリース時期も含め、政治的なものを感じる向きもあったようですが、山ノ内は「幾人かの音楽評論家は、ゲロゲリの作品に左翼思想の影響があるというけど、僕はそんなことは考えもしなかった」と言っています。

これはあくまで私の推測ですが、人間自体はもちろんのこと、日本では万世一系のもと、その象徴とされた存在は究極のレディ・メイドである──そんな風に山ノ内は考えたのではないでしょうか。彼が象徴の肖像写真に生卵をぶつけ続け、そのまわりをゲロ30歳が子供用の三輪車でクルクル走っていたという、有名なライブのエピソードも含め、右も左も関係なく「自分がそう考えたから、そうしただけ」を実行したに過ぎないのだと思います。

いろいろ書いてきましたが、個人的にはゲロゲリゲゲゲのライブは生では観たことがありません。山ノ内とは一度も会ったことはない、あくまで音源を通じた関係です。私が長々とこうして書いてきたことも、リスナーとして持っているレコードを聴き、資料をちょこちょこ調べたうえで、自分の知識や感想を適当にくっつけた推論でしかありません。

しかし、です。もともとは油絵を描いていたというデュシャンが、レディ・メイドに手を加えるだけの作品を創るようになったのは「見る者こそが芸術を作る」という考えからだったように、ゲロゲリの作品も「聴く者こそが音楽を作る」という自由な解釈が許されるものだと、これまた勝手に思っているのです。

【補足】
*1 一方でNihilist Surfin' Groupという名義でも、80年代後半に『Dutch Omanko』(Nihilistic Recordings)、『Music For The New Yorker』(Sound Of Pig)という2本のカセットをリリース。その内実は山ノ内と幾人かのコラボによるものらしい。グループ名は、来日時『タモリの音楽は世界だ!』にも出演した、カナダのインプロ・バンド、ザ・ニヒリスト・スパズム・バンドのパロディと思われる。

*2 1986年11月18日、早稲田大学大隈講堂。メンバーは山ノ内、ゲロ30
、GRIMから2人。Mr. Elle(Criminal Party)。GRIMはホワイト・ホスピタル解散後、小長谷純が作ったノイズ・ユニット。Criminal Partyも同じくノイズ・ユニットでMr. Elleの正体はLSDの亜危異(ACHY)。このグループには宮原秀一(現サーファーズ・オブ・ロマンチカ)らが参加しており、その後、宮原はブライアン・ゲロとしてゲロゲリに参加。

*3 90年代初頭に、ゲロゲリは「William Bennett Is My Dick」という7インチをリリースしている。これはハナタラシの3rdアルバムのサブタイトル「William Bennett Has No Dick」のパロディ。東郷健とオカマの部分は、山ノ内もフェイヴァリットに挙げる名盤『薔薇門』からのサンプリング。なお、文中ではどっちもコラージュで、かつ組み合わせがおもしれえから、という理由だけで、ブレイク・ビーツの発明者とノイズ/インダストリアルの代表の名を挙げたが、安田謙一の本によると、ジョージ宮本とエロチカ・セブンの「サド魔指揮による官能の宴」という曲が、ジャズ・ファンクにムチ音を重ねたものらしいので、ここからの影響の方が強いのかもしれない

*4 もう一人、同じく露出狂のゲロ36
というメンバーもいた。あと、露出狂の女子高生も加入していたという情報もあるが詳細不明。

【参考資料】
GEROGERIGEGEGE 56K PERFORMANCE(公式HP)
discogs  <THE GEROGERIGEGEGE>
  <Nihillist Surfin'Group>
『フールズ・メイト』(1988年3月号/フールズ・メイト)
アルバム『Live Greatest Hits』掲載ライブデータ
大槻ケンヂ『我が名は青春のエッセイドラゴン!』(角川文庫)
ジャニス・ミンク『デュシャン』(TASCHEN)
Instruments Disorder


【追記】
★2/6 トク(プンクボイ/ロマン優光.....って超内輪)から情報提供で、補足*3のMr.ElleとCriminal Partyについて加筆修正。
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RECORDer編集長。
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