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暴力温泉芸者が解散した日

友人がメールでゲロゲリの文章読んでいたときに、中原昌也を感じてしょうがなかったというようなことを送ってくれたが、かくいう僕も文章を書いていたとき、どうしても浮かぶのは中原昌也というか暴力温泉芸者の存在だった。

実際、山ノ内と中原は一時期師弟関係に近かったようで、インタビューでは、(多少言いよどみながらも)師としてゲロ山内の名を挙げているし、中原はゲロゲリのライブにも一度メンバーとしてステージに立ったそう。また『パンクの鬼』の帯には、山ノ内のレーベル、ビサビの新作として、暴力温泉芸者の『わがままなおふくろ』という新作LPの発売が告知されている(結局、出なかったようだが)。何よりも前回に取り上げたセンズリ・レイヴ・アクションにも、宇川直宏とともに嬌声をあげていたという。音楽的にもゲロゲリと暴力温泉はパロディと諧謔という部分で共通していると思う。

話は飛ぶが、僕が初めて観たライブは暴力温泉芸者なのである。といっても、それ目当てに行ったのではなく、特殊漫画家・根本敬がプロデュースした<ガロ脱特殊歌謡祭'92>[*1]というイベントがあって、そのオープニング・アクトが彼らだったのだ。中原のソロ・プロジェクトにもかかわらず、どうして「彼ら」と書いたかというと、ちゃんとしたバンド編成だったから、そういうノイズ・バンドなのだと、しばらく思ってたのだった。
次に観たのは、それから4年後。その頃にはヘア・スタイリスティックスとしても活動を始めていて、その名義でのライブ[*2]。マイクを持ってコール&レスポンスを要求する中原の傍らには、砂原良徳がアナログ・シンセをいじりまくっていたのだが、一番印象的なのは、その次に観たヘアスタのライブだった。

96年12月29日、新宿リキッドルーム。山ノ内とは大学の同級生で、暴力温泉芸者のライブ・メンバーでもあった小林弘幸が主催する<フリー・フォーム・フリーク・アウト>(以下FFF)、深夜3時過ぎだったと思うが、中原がバックのメンバーとともにステージに現れ、機材が積んであるテーブルの前に立つと、おもむろにマイクを取って、ぶっきらぼうにこう言った。
「暴力温泉芸者は解散しました。全部、東芝が悪い!」
苦笑ともつかない数人の笑い声。それをかき消すようにギャーーーという不協和音がフロアをこだましたのだった。

説明しておくと、東芝というのは、当時、暴力温泉芸者で契約していたポルスプエストの親会社である東芝EMIのこと。今から考えれば、この中原の一言でデス渋谷系は終わったというか、終わらせたのだと思う。
そもそも「デス渋谷系」を提唱したのは小林だったし、この回のFFFはその成果として、出演者はすべてシークレット[*3]という賭けに出たものだったが、集客は多く見積もっても、1000人キャパの会場に2~300人ぐらいしかいなかったのではないか。
その後、小林は当時連載していた『バアフ・アウト!』で、自己批判とも弁護ともつかない、とっちらかった文章を書いていたと記憶する。

というか、デス渋谷系ってなんなんだっただろうね。そもそも、どれだけの人が知ってるのだろう?
このブログは友人か知り合いしか読んでないと思うので、みんな知ってるという体で、筆をすすめさせてもらうが、ロマン優光ことディアコアマスター・トクに言わせると「デス渋谷系って、鹿コアが盛り上がってるのを見て、小林君がイケると思ってやったもんなんだよね」とのことだが、まあ基本はパロディというか遊びみたいなもんで、渋谷系のオルタナティブ・ロック版というか、アヴァン・ポップからポップスへの逆襲的なそういう感じだったのだろう。
そこで象徴に選ばれたのが、小林にして「TG(スロッビング・グリッスル)とサルソウル系ディスコを並列に捉えるポップな男」という、中原昌也だった。

でも、中原は最初はそれに乗ったけど、すぐに嫌気がさして、あちこちで自身が語ってたり書いたりしていたようにポルスプエストと軋轢が生じ決裂する。要するに原因はポップとポップスの違いにあるのだと思う。
前者は概念であり芸術なんだけど、後者は芸能そのものだ。芸能というのはそもそもキワモノ的な側面がある。レコード会社と小林(その動きにどれぐらいまで関与したかは別として)はポップをポップスにしようと思ったけど、中原は芸術であることは良しとしたが、芸能は拒否したということになるだろう。
そういう意味でも、小林のイベントで中原が暴力温泉芸者の解散を宣言したことは、象徴的な出来事とも言える。

そう考えてみると、デス渋谷系を代表するアルバムって、コーネリアスの『69/96』と、スチャダラパーのリミックス盤『サイクル・ヒッツ』だったのだと思う。前者はオルタナ的な音楽性と永井豪の「デビルマン」とヘヴィ・メタルの意匠を借りた、前作と逆ベクトルのものとして。後者はDJプレミア、ピート・ロック、NO IDという正統派ヒップホップのトラックメーカーに、コーネリアス、バッファロー・ドーターや暴力温泉芸者を絡ませたリミキサーのセレクト(正統派側なのに、結果的にオルタナ側にブレてしまうイリシット・ツボイって、しかし......)において。そして、この2組はポップとポップスの境界線をうまくすり抜けてきた人たちでもある。結局、デス渋谷系はアンダーグラウンド側の諧謔というより、文字通り、渋谷系と呼ばれていた人たちの反動に絡めとられたような気がする。

あと、<RAW LIFE>的なもののルーツとして、よくここらへんを取り上げる時、FFFがデカく扱われるが、それもどうなのって気がする。確かに小林の功績は大きいとは思うが、ライターとして前出の『バアフ・アウト!』をはじめ、『米国音楽』や『エレ・キング』といった当時の主要インディー系音楽誌で連載を持ったり、リクルートがバックアップしていた頃のミュージック・マインの社員だった彼は、他の人よりも業界的なものを利用出来る立場にあったわけで、その派手な動きだけに集約してしまうのは問題がある。

僕個人としても、時期的なものもあるが、FFFにはこの一回しか行ったことなくて、むしろ<PARANO EAR>という、前身の<異形の王国>を含めるとかなりの長寿になるイベントや、FFFのスタッフだった飯島ツトム主催の<MURDER HOUSE>などの方が、個人的には思い入れが大きい。それらについては、いつかここで書くとは思うので、次の機会に譲るとするが、別に僕は小林を批判してるわけではない。


あの頃は単なるアメリカン・オルタナの輸入とはまた違う、日本独自の流れがあるんですよ。それはメジャーの金余りで成立していた側面もあるし、それに関わった人たちの考え方の違いで、ひとつの形としては結実しなかったかもしれない。でも、とにかく様々な流れがあって、小林も含め各々が自分のやり方でそれを模索していたのは事実なのだ。それを踏まえたうえで言うのならいいんだろうけど、そういう基本さえ知ろうともしない奴が、偉そうにさもわかったようなことぬかすなよ、という話。

僕は小林のやってることには好感を持ってたし、当時は単なるお客さん(今もあんま変わらないけど)だったので面識はなかったが、数年前に人づてで紹介されて知り合って、会えば挨拶をして二言三言しゃべるようになり、酔っぱらった彼からおっぱいを揉まれるというセクハラを受けたことがあるぐらいの関係にはなった(どういう関係だ?)。最近は全然会ってないけど。
ちなみに酔って僕に同じことをした奴が、すごく身近にいて、トクとかいう人。つまり90年代前半の暴力温泉芸者のライブメンバーの同期2人。「暴力温泉に汚されたこの体、どうしてくれんのよ」っていう意味では、強く批判したいとは思う。


まあ、バカ話はさておいて「ゼロ年代の音楽」が早くも総括されようとしているなか、なんで90年代の話を書いてんだって、自分でも思います。ホントはヘアスタのライブ盤のレビューをするつもりが、いつものごとく、脱線して文字数がかさんでしまったので、次回に続く、ということで。

hairsta96
その日のヘアスタ。バックは永田一直、蓮実重臣、湯浅学らが参加...してたはず(pix.by筆者)

【補足】
[*1] 92年11月15日、渋谷クラブクアトロ。出演はつめ隊(身体障害者レスラー・マグナム浪貝のパンク・バンド)、ハイテクノロジー・スーサイド、川西杏、佐野史郎、大博士、王選手(元人生)など。『ひさご』として青林堂よりビデオ化。


[*2] 宇川直宏とロス・アプソン主催の<DESTROY SCRATCHER>(96年5月2日、新宿リキッドルーム)。共演はアレック・エンパイア、石野卓球、メルツバウ、アナーキ−7、ムードマン&L?K?O、メタリックKOほか

[*3] ヘアスタの他にギターウルフ、ムードマン&L?K?O、XOX、嶺川貴子、DMBQ、宮原秀一&大野由美子、CICITOW、MOOCHYらが出演。
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