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「分からなさ」に共感を覚える

前回、あんなことを書いておきながらなんだが、僕は実のところ、そんなに中原のライブは観ていないのだ。言い訳だけど、なんとなくスケジュールが合わない感じ。CDやレコードはそれなりに聴いているけど、初めて観てから18年、DJを除けば全部合わせて5回ぐらい。3.6年に1回。ほとんどオリンピック並みではないか。逆に言えば、それだけ続けて音楽活動してる人が、自分の中では稀なのだが。

ちなみに今のところ、最後に観たライブは、ゆらゆら帝国とロマンポルシェ。と対バンしたときの新宿ロフト(08年7月4日)での演奏である。一年半も前のことを褒めるのはどうかと自分でも思うのだが、この時のロフトのときの演奏が本当に素晴らしかったのだ。


僕はここでゲロゲリとか書いてるから誤解されそうだけど、家ではほとんどノイズは聴かない。確かに暴力温泉芸者解散宣言の前後くらいの時期には、ほとんど毎日聴くぐらいハマっていたけど、そのうち、なんとなく聴かなくなってしまった。飽きたというよりも、天の配分であらかじめ決められていた一生分の「ノイズ量」に、体の方が達してしまったのだと思う。

だから、この演奏をすごいと思ったのは、ホントに直感でしかない。始まってしばらくしたあと、僕はフロアから出るとぐるっとまわり、楽屋へといそぐ。その時スタッフで入っていたので、ステージ脇から観ようと思ったのだ。僕は音楽を作っているわけではないので、機材マニアではないのだが、単純に中原がどうやって音を出してるのか知りたかったのである。でも、ロフトのステージの出入り口は狭いうえに、先客が何人もいて、ほとんど観れなかったのだが、その狭間から観た中原は、まるで何かに取り付かれたように一人で、目の前に並ぶシンセやミキサー、エフェクターのつまみをこわれんばかりに、いじり倒していた。その結果としてフロアに投げ出されたのは、まさしく雑音の塊であった。しかし、その塊を僕は「よい」と感じた。


そこにあらゆる素晴らしい音を作り出してきた、恭しく飾られた名機と呼ばれる楽器があったとしても、人間が触ってなんらかの音を出さなければ、ただの物体でしかない。目の前のそれをどう鳴らすか。鳴らしたら鳴らしたで、それをどこまで拡げ飛ばしていくのか。中原は常にそれを考えてるのではないか。

「自分でも何となく音楽が出来て、これってなんでしょう? という自問自答に近い作業をする。なんとなくダビングして、なんとなくできる。それがなんだろうというのを知りたくてやってるんです。常にやっている作業のプロセスの方を大事にしてるんです」(自著『12枚のアルバム』boid刊)

普通、楽器から出された音は、その作り手の主体性とともに送り出されるが、中原の場合は少し違う。
自らの機材オペレーションと、そこから発する音楽が断絶しているのだ。中原にとっての自身が生み出した音とは、その出来不出来に関係なく、自分から最も遠く離れたところにある。だからこその客観的であり批評的でシニカルな態度。だから、前出の『12枚のアルバム』などで取り上げている、赤の他人が生み出した音楽の方に親近感があるようにも感じる。

とはいえ、決して自分の音楽に愛情がないわけではない。それがあるのだとしたら、一番遠くにあるからこそなの
だと思う

最近読んだ、春日太一・著『天才 勝新太郎』(文春新書)にこんな記述がある。
当時、新進気鋭の映画監督だった勅使河原宏と出会い、意気投合した勝は、当時所属していた大映の社長、永田雅一に直談判する。
「テシさんと映画をやりたいんです」
「どんな映画や?」
「とにかく訳の分からない映画です」
どこか会話として成立していない気もするが、そうこうして制作に入った映画『燃えつきた地図』(原作・安部公房)の話の内容は、勝にはよくわからなかったが、本書の著者はこう続ける。

だが、逆に、そこが気に入る。おなじみのシリーズものの分かりやすい先の読める勧善懲悪のストーリーに辟易していた勝は、この「分からなさ」に刺激的な新鮮さを覚えた。

すべての表現行為は、それが例えディス・コミュニケーション的なものであろうと、ある意識を共有することで成立している。中原が音楽によって受け手と共有しようと思っているのは、ノイズというジャンルへの嗜好や、音楽のセンスの善し悪しではなく、この「分からなさに刺激的な新鮮さを覚える」という部分ではないだろうか。あの時のロフトのライブは、僕にとってまさしくそれだったのだと思う。

残念ながら、そのロフトの音源は入ってないけど、築地本願寺でブライトンで新大久保で渋谷でNYで、ヘア・スタイリスティックスが各所の空間を、そのせめぎあうようなオペレーションから生まれた音で埋めあわせてきた模様を収録した、このライブ盤を家でじっと聴いていると、改めてそんな気がするのだ。

hairlivecd
Hair Stylistics
 『LIVE!』
(boid cdh-002)
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PRE//SILENTNOISE主宰者。
RECORDer編集長。
ひとりE.A.R.(永遠に丁稚)

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