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俺はこう考える、じゃあ、お前はどうなんだ

僕は、ステージの上でマスターベーションをするっていう、日本のノイズ・アーティスト、ゲロゲリゲゲゲの発想がずっと好きだったんだ。人がステージの上でマスターベーションをしているのを見るとすごく興奮しているっていうわけではもちろんないけど、その挑発性には抵抗しがたい魅力がある。───ジョン・ピール[*1]

山ノ内純太郎がザ・ゲロゲリゲゲゲの名を通してやったひとつが、その音でもって他者を挑発することだった。
『パンクの鬼』の66曲目「Kill The Baby」と75曲目「脳」の冒頭で、山ノ内とおぼしき人物が「お前ら、聴いてるだけの能無し野郎だな!」と叫ぶのは、そういうことである。前述した川崎でのアシッド・ハウス・ギグで「お前ら、盛り上がってんのかよ!」と絶叫し、コール&レスポンスを強要することも、またそういうことである。



ただ、僕が思うに山ノ内はあくまで音楽を作るコンポーザーであり、音楽を演るプレイヤーもしくはパフォーマーではなかったのではないだろうか。たぶん一人では何も出来なかった。いや、なにもというより、自分の理想とは遥か遠いことしか出来なかった。批判でもなんでもない。それは丸腰の黛敏郎に「まゆずみィ~、ちょっと『涅槃』やってみろよォ~」とカラんだところで、何も出来ないのと同じことである。つまりはその譜面を再現出来る能力のある、指揮者とオーケストラがあって奏でられるものだからだ。

山ノ内がまずライブという場で必要としたのは、自らが脳内で書いた譜面を忠実に演奏してくれるオーケストラだった。そのためにデビューライブの際には、GRIMやLSDの亜危異を呼び寄せ、やがて、ラモーンズの擬似家族制に則って、自らを含め全員がGEROの名のつくメンバーによるバンドを組織した。
しかし、山ノ内にとって、最も根源的なオーケストレーションはゲロ30歳だったと思う。きっと、彼の頭の中ではコードとリズム以外の、もっと原始的な音が鳴っていた。それは彼がショックを受けたという「コップの割れる音や木が燃えた音」を自分流に再構築したものといえるのかもしれない。
それを山ノ内は演奏能力もへったくれもない、ノン・ミュージシャンという呼称さえ過分な男、ゲロ30歳に託したのだ。なぜならば、彼の性癖であり、アイデンティティでもある露出症とは、他者がいてこそ性的な快楽へとつながっていくもの。山ノ内の音楽もまた、他者がいることが前提として成立するものだからだ。

gerodrum001.png  
And how is the audience reaction to Your concerts?
"Most of the audience are stunned by shock or put into making big noise..."


ゲロゲリゲゲゲがライブでやろうとしたことは、単なる嫌がらせでもないし、「俺たちって変態だろ、すごいだろ」というようなパフォーマンスでもない。まあ、その変態性に託したものはあるのだが、最終的な落としどころはあくまで音楽だった。
山ノ内は学友の大槻ケンヂに「自分が気持ちいいことをやるだけ」と再三言っていたという。それは山ノ内、ゲロ30歳他のメンバーにより大音量で奏でられ、差し出された。俺はこう考える、じゃあ、お前はどうなんだ? ゆえにゲロゲリゲゲゲはその場に居合わせた者を挑発したのだ。

楽しんでくれてもいい。笑ってくれてもいい。泣いてくれてもいい。嫌悪してくれてもいい。侮蔑してくれてもいい。なんでもいい。これはもう既に犯罪行為なんだ。好む好まざるは関係なく、この場にいたというだけでお前ら全員共犯だ。平岡正明が言わずとも、あらゆる犯罪は革命的なんだ。もし、俺たちがやってることがそれならば、今、ここで起きていることにある。いや、そんなショッパイことなんてどうでもいい。お前たちがどう思おうと、俺たちはすげえ気持ちいいぜ。どうだ、本当のところどうなんだ? わかるだろ? 感じて欲しいんだよ、こいつを......。

まさしく山ノ内のフェイバリットDee-Jay、笑福亭鶴光言うところの「エエか、エエか、エエのんか~」。送り手と受け手の感情がひとつになるのではなく、混沌としたまま会場中を渦巻き、それがさらなる高みに達した時、山ノ内は叫ぶ。

「Rock'n' Roooooooolll!!!!!」


大槻ケンヂは山ノ内(文中ではNとなっている)との思い出を綴ったエッセイ[*2] に「怪獣使いと青年」というタイトルを付けている。これは『帰ってきたウルトラマン』の「怪獣使いと少年」という題名をモジったもの。細かい部分は割愛するが、宇宙人とされ、一般市民から差別といじめを受ける少年と、宇宙から地球に漂着し、河原のボロ小屋で息をひそめるように老人に擬態して、その少年と暮らすメイツ星人の話だ。

ultra.png
 
ザ・ゲロゲリゲゲゲがやったことは「自分たちの音楽を相手に伝える」という点においては普通のことである。しかし、それをリアルタイムの場で突き詰めれば詰めるほど、その一般性からは遠くかけ離れていった。大槻はその少年と老人がこの世界に生きていこうとすればするほど、普通の生活とつながらなくなる孤独と同じものを、山ノ内とゲロ30歳に見たのではないだろうか。それは単なる語呂合わせだったかもしれないけど、僕はそう信じる。

【補足】
[*1] トニー ヘリントン編・著、 バルーチャ ハシム+飯嶋 貴子・訳『めかくしジュークボックス—32人の音楽家たちへのリスニング・テスト』(工作舎)より。ジョン・ピールはBBCラジオ1のDJで、メジャー・マイナー問わず、自分の価値判断だけで、あらゆる音楽をプレイした偉大な男。2004年10月26日逝去。

[*2] 大槻ケンヂ『我が名は青春のエッセイドラゴン!』(角川文庫)所収。大槻は吉田豪『バンドライフ』でも、山ノ内のことを語っている。ただし、ライブの部分は記憶違いも多そう。
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