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たった今「誰かにこれをぜひ聴いて欲しい!」という曲を問われたならば

本作はフィラスタインにとって、3年ぶりのニュー・アルバムであり、ロムズからの久々のリリースでもある。この3年間、色々あったような気もするが、そんなもん構ってられないとばかりに何も変わってない。反グローバリズムを軸にした政治性も、民族音楽とダブステップや(ブレイクコア寄りの)ダンスホールと結びつけるセンスも何もかもが前作のまんまだ。そして、個人的に言わせてもらえば彼のこういう「いかにも」とも思えるコンセプトやスタンスが少々苦手でもあった。

しかし、たった今「誰かにこれをぜひ聴いて欲しい! 」という曲を問われたならば、迷わず本作のM-10"Juniper"を挙げると思う。厳密に言えばオリジナル曲ではなく、オレゴンのイ・ラ・バンバというバンドの曲のリミックスらしいのだが、とにかくサイケデリックなのだ。メッセージ性もエッジな音も何も無い。音がそこらへんに漂ってるだけ。ファイアーフォックスを立ち上げて、ツールバーにあるグーグル検索をすれば、このバンドのプロフィールもわかるし、オリジナルの楽曲も聴けるんだろうが、単に蛇足だと思う。ホントはレビューするにあたって不誠実な態度なんだろうけど、それをやってしまったら、この曲の直感的な魅力が薄れてしまうと思うからだ。

そんなことを考え、いわゆるM-1~13(+パート2スタイルのイームラによるリミックスが日本盤ボーナストラックとして収録)を通してではなく、このM-10を中心軸にして本作を捉え直してみると、フィラスタインの本質的な魅力が見えてくる(と同時に彼の音楽に対しての苦手意識もひっくり返る)。つまり、ミュージシャンではないのだ。生粋のトラベラーであるという彼の音楽制作は音楽を学ぶというより、世界各地に旅立ち魅惑的な音や声を見聞きことから始まる。「ノン・ミュージシャン」というカテゴリーさえもしゃらくさい。それはブライアン・ジョーンズやウィリアム・バロウズとオーネット・コールマンが、現地でモロッコの音楽に触れ、何かを感じ録音した行為とも近い。つまり、フィラスタインは優れた耳と感覚を持つフィールド・レコーダーなのである。

頭でっかちな思想から作るのではなく、そこに住む人間の行為から生み出される空気感をリミックスして、ダンス・ミュージックとして仕立てる。虫の鳴き声もECDの反原発ラップもクンビアを始めとした現地音楽もすべてその範疇。
個人的にはそこにフィラスタインが所属するレーベル、スートの主宰者であるDJ/ ラプチャーがそのDJプレイで、ティンバランドもバウンティ・キラーもイルハン・ミマールオールもムスリムガーゼもローテーターも「魅力的なビート」として、同等にミックスしてプレイしたようなラディカリズムと同じものを感じる。

音楽の持つ魅力、とかいうもんを突き詰めると僕は「色気」なのだと思っている。その色気をもって、西も東も左も右も先進も途上も都市も辺境も国家も国民も賛成も反対も白も黒もみんな混ぜてやれ!──フィラスタインの政治性、メッセージ性とは、音が持つ原始的な魅力が常に前提としてあるのだ。

filastine.jpg
FILASTINE
£00T
(Romz RMZ-035)



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RECORDer編集長。
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